先日のある中学校でのことです。朝私がカウンセリング室に入って行くと先生があわてた顔でやってきました。 ある生徒が「先生、私が死んだら悲しむ? 飛び降りて死んじゃおうかな」と真顔で言っているので、至急その生徒に会ってほしいということでした。 そこで私はその生徒に会い、話を聞きました。いつから死にたいと思うようになったのか、その前に何があったのか、 家族やクラスや友人の様子など色々聞いていると、「自分は皆にいやがられているし、 生きていても意味がないし、 苦しいだけだから死にたい」というのです。
普段は死にたいと死にたくないが半々なのだけど、 昨日の事件をきっかけに死にたい90%、死にたくない10%になったとのことでした。昨日の事件とは、彼女があまりにしつこいので上級生がキレてしまい、 それを見ていた他の先生が彼女を咎め、周囲の誰もが彼女の味方をしてくれなかったというものでした。 私は彼女のことを以前から多少は知っていたので、彼女の中の死にたいが100%になったら実行の危険性は十分ありえると思い、 ヒヤリとしました。そして「あなたが死んだら先生は悲しむ」と言った担任の答えを聞いて、死にたいが90%から80%に下がったと言うのです。
「お母さんはもっと悲しむんじゃないの?」という私の問いに、彼女は「お母さんは悲しまないよ」とケロリと答えるので、 これは危ないと思い、至急お母さんに来てもらいました。お母さんには事情を話して、お母さんが彼女と繋がるための共有時間を増やしてもらうように頼みました。 その後は死にたいと死にたくないが半々になったとのことで、ちょっとほっとしているところです。
これは思春期の子供の自殺にまつわる一例で、大人と比べてかなり単純なのですが、子供の自殺は、大人や家族との情緒的繋がりが希薄で、 未練を残すものがなく、自分自身に何の価値も見いだせず、自分の味方やサポ−トをくれる人がいない場合に、 何らかの事件が引き金となっておこることが多くあります。この例では、生徒のちょっとした訴えを聞き流さずに、真剣にとらえ、 真剣に心配し、カウンセラ−に駆け込んできた担任は本当に「えらい」と思いました。他の大人なら「そんなバカなこと言ってないで、 勉強しなさい。」と聞き流していたのかもしれないからです。駆け込むカウンセラ−が側にいない時には、 死をほのめかした子供の声に耳を傾け、自分がいかに心配しているかを話し、自分も力になるから絶対に死んではいけないと、 真剣に子供に向き合わなければなりません。
大人の自殺は子供の自殺と比べてさらに切羽詰まった状況でおきることが多く、 無力感と絶望感の中、 苦しさから逃れるためには自殺以外の選択肢が全くないとの判断で行なわれます。それにしても、死にたいと答える大人の多さには本当に驚かされます。 私が使っているストレステストに「死にたいと思うことがある」という項目があるのですが、10人に1人ぐらいは「少しはそう思う」 という解答欄に丸印を付けるのです。
死にたいと丸印を付けた人にはフォロ−面接を行ないます。その際は『ベックのうつ評価表』という5分程度で行なわれる簡単なテストをしてもらい、 面談を通してどれだけ切羽詰まった状態なのか、自殺の危険性はあるのか、うつ病の可能性はないか、他の心身疾患はないかを査定します。 このようなフォロ−面接では、現実に切羽詰まった自殺の危険性がある人は一握りであることがわかります。しかし、 「少しはそう思う」と答えた人には、何らかの切羽詰まった状態や事態が起これば、自殺の危険性が生じてくるかもしれません。
大人の場合は、死にたいという思いが相当に強くとも、簡単に実行に移すことはありません。やはり、自分なりに可能な限り出口を探します。 それでも、やってもやっても、苦しみからの出口がみつからず、最終の選択肢として自殺を選びます。「あの時の逆境の中では、 ホ−ムに入ってきた電車に飛込もうかと思ったほどでした・・」といった魔がさしたような経験をもつ人は、 読書の中にも結構いらっしゃるのではないでしょうか。
このように大人にはそれなりの自己制御力があります。何でもなさそうに見えていた人の自殺でも、内面の苦しさをあまり人に見せなかっただけで、 本人は相当に苦しんでいたのではないかと推測されます。 働いている人の自殺は男性の方が女性よりも圧倒的に多いので、 男性の自殺の方が女性よりも多いと思われがちですが、そうとは限りません。女性には余程の事情がないかぎり、 仕事をやめるという選択が可能なので、その前に職場を去ります。男性の場合には、職を失うという選択肢を選ぶことはなかなかできません。
女性の私から見れば、仕事が原因で死のうとするぐらいならば、自殺より辞職を選べばいいのにと思ってしまいますし、 実際に自殺の危険性のあるクライエントにはそのように言っています。そして、「力をかすから、絶対に死を選んではいけない。」 と事あるごとに伝え、家族や職場や上司のサポ−トが得られるように働きかけます。他に選択肢がある限り、 人が自殺を選ぶことはありません。
自殺はうつ状態の時に多く起こります。うつ状態(うつ病)とは、自分自身、自分の失敗、自分の不運をやたらと責めることに ほとんどのエネルギ−を費かい果たし、他のことに気力や集中力がもてず、前向きな考えが閉ざされた心理状態をいいます。 うつ状態は正常な状態ではなく、認知(現実のとらえ方、解釈の仕方)に歪みが生じた状態であり、脳の中では、 セロトニンやノルアドレナリンなどの神経伝達物質の伝達に異常が生じている状態です。うつ病の治療薬、抗欝剤には、 これらの神経伝達物質の伝達を正常にしようとする作用があり、多くの人に効果があります。人間が死ぬまでにうつ病にかかる有病率は、 女性が10〜25%、男性が5〜12%と非常に高いのです。
しかし、うつ病は治る病気です。私は「どうしても死にたいというのなら、うつ病がすっかり治ってからにしてね。」 と言うことがありますが、うつ病が治れば、もはや死にたい人などありません。ですから、皆さんの知りあいで自殺をほのめかす人があったら、 真剣に心配し、真剣に自殺を選んではいけないと伝えてください。そして、医者やカウンセラ−などの専門家への受診を真剣に勧めてください。 皆さん自身に死にたい気持ちが生じたら、自分にストップをかけてください。そして、一人で苦しんでいないで、 力になってくれそうな人にサポ−トを求め、さらに医者や私のような専門家を利用して必ず出口をさがしてください。 「決して死ぬことを選んではいけません!」